櫻井寛さん(鉄道写真家)インタビュー

カメラはぼくの彼女

解説

父は長野の小海線の中込駅に勤務する鉄道員、母は小諸駅の電話交換手という鉄道カップルのもとに生まれた櫻井寛さん。幼い頃から汽車が好きで、中学生の頃には、家にあったリコーフレックスの二眼レフを使って鉄道写真を撮りはじめ『鉄道ジャーナル』に寄稿し、原稿料を受け取るという生活をすでに始めていた。

鉄道のサラブレッドとして育ち、進んだ昭和鉄道高校では、「助勤(じょきん)」という鉄道高校ならではの特殊なアルバイトをした。「学生班」の腕章をつけ、朝はラッシュ時の満員電車の整理員「尻押し」、下校後には切符切り、週末の夜は登山客のための駅案内と、「鉄道員になりきって」働いていた。

日本大学藝術学部写真学科の4年時に、銀座のニコンサロンで個展を開いた。プレス・アイゼンバーンという出版社の平井憲太郎さん(江戸川乱歩のお孫さん)に「写真集にしましょう」と声をかけられ、『凍煙』という写真集を出した。21才で右も左も分からないし若者だったが、構成デザインは新幹線0系のイメージを作った黒岩保美さんが担当してくれた。

その本で世界文化社から内定を得た。結婚でも威力を発揮し「こんな寒いところで撮って来たのは我慢強い」と、奥さんの父親より一発OKを貰った。その後、100冊以上続く著書の、印象深い最初の1冊になった。

世界文化社で二十数年、写真部に所属し宮脇俊三先生など鉄道紀行の大家と、日本や世界中を撮って回った。90年にフォトジャーナリストとして独立し、現在に至る。

リコーフレックスから始まった鉄道と写真人生。ヤシカのセクエル、ペトリV6、ニコンF6、その後仕事で使ったカメラもすべて綺麗に保存、整理している。

「カメラは大切に使いたい。彼女のようなものだから。」

世界で鉄道のある国は約140カ国。そのうち旅客列車が走っている国が、120カ国。
「100カ国100冊が当面の目標」と語る櫻井さん。

熱気や感動を伝えるため、今日も「彼女」と世界を回る。

プロフィール

1954年、長野県生まれ。昭和鉄道高等学校卒業、日本大学藝術学部写真学科を卒業。世界文化社の写真部を経て、1990年からフォトジャーナリストとなる。 第19回交通図書賞を受賞した『鉄道世界夢紀行』(トラベルジャーナル)をはじめ、鉄道旅行関連の書籍が多数。 近著に『知識ゼロからの憧れの鉄道入門』(幻冬舎)、『知識ゼロからの駅弁入門』(共著。幻冬舎)、『人気鉄道でめぐる世界遺産』(PHP研究所)、『終着駅への旅 JR編』(ジェイティビィパブリッシング)、『宮脇俊三と旅した鉄道風景』(ダイヤモンド社)など。

インタビュー

鹿児島の新聞社で新入社員時代を送っていたときのこと。休みも少なく、深夜にわたる残業の連続……。どうにか仕事以外の思考を得て均衡を保とうと、時間を見つけては書店に通っていた。

そこで私が手に取った本のひとつが、櫻井寛さんの『今すぐ乗りたい!世界名列車の旅』(新潮文庫)だった。
それから数年、その櫻井寛さんにお会いするため私鉄沿線沿いにある事務所を訪ねたインタビュー記事は、こちら。(外部掲載先にリンクしています)