名郷直樹さん(総合診療医、武蔵国分寺公園クリニック院長)インタビュー

「“かけがえのある”自分で、“適当”につきつめる」

解説

「健康に関するあらゆる問題に対応する」――長年地域診療に携わってきた経験を都市部の総合医療に活かす、武蔵国分寺公園クリニック院長の名郷直樹先生の、現在に至るまでの歩みは、けっして「やりたいことをすすんで得た結果」ではなく、外部の要因に対応することで得た結果だった。

昔から、数学や物理などの理系科目が得意で、医師に限らず理系分野で手に職をつけて生きていこうと思っていた。医者を将来の道に選んだのは、両親の離婚による経済的な問題から。

「自治医科大学なら、奨学金もあるし生活費もまかなえる」

自治医大に進んだことで医者になる「義務」が生じ、それに応えるために真面目に取り組んだ。卒業後、故郷名古屋での研修を経て、地域診療の出発点となる作手村(さくてむら)に赴任した。通常、3年のところ「何をやってよいのか分からず」4年間いた。

後期研修に戻る前、先輩にアドバイスを求めた時に教えてもらった一冊の本『Clinical Epidemiology』(David L Sackett)に大きな衝撃を受け、以後EBM(evidence-based medicine)の道に進むことに。予想外の気づきに、「学びは色々なところに転がっている。とりあえず与えられたものに取り組んでみることが案外大事なのだ」と考えるようになった。

外部的な要因で、図らずも医師の道を歩むことになった名郷先生が、はじめて目標らしいものを持った。後期研修後、ふたたび地域診療に戻るも、前半で出来ていなかったことの恩返しとばかりに意気込みすぎたため、かえって衝突が多くなり、やりたいことを成し遂げられなかった。

「一生懸命も大事ですが、物事を成し遂げるために『適当につきつめること』の大切さを実感しました。」
「寝ても覚めてもやりたいことがあれば、とことんやれば良い。しかし、もしそうでなければ、目の前のことを「適当に」やれば良い。」

『適切に』となるとポジティブさが際立ってしまって、強制された感じがする。先生の好む「適当に」という言葉には、ポジティブさとネガティブさを両方兼ね備えた要素があるという。

せっかく生きているのだから何かを考え、つきつめた方が良い。けれど、そのつきつめ方はひとつではない。「適当につきつめる」。それは問題への対処の仕方も同じ。

今まで診てきた患者の中には、重大な悩みを持った方も少なくなかった。みな親子関係など「かけがえのない」関係の中でもがいている。

「かけがえのある自分として、適当に生きていく。」とは、そうした現状に対するカウンターパートでもあり、「もっと楽に生きられる」という名郷先生のメッセージでもある。

プロフィール

1961年名古屋市生まれ。1986年に自治医科大学を卒業後、名古屋赤十字病院での研修を経て、愛知県山間部の作手村国民健康保険診療所に4年間勤務。1992年から3年間の自治医科大学での研修ののち、再び作手村国民健康保険診療所へ戻り8年間勤務。2003年より社団法人地域医療振興協会でへき地医療専門医の育成に携わる。東京北社会保険病院の臨床研修センター長を経て、武蔵国分寺公園クリニック院長を務めている。

インタビュー

西国分寺にある「武蔵国分寺公園クリニック」でおこなわれた、名郷直樹先生へのインタビュー記事は、こちら。

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