春日武彦さん(精神科医 )インタビュー

「ムダ」が豊かさや奥行きを生む

解説

精神科医の春日武彦先生。「幼少期はぜんそく持ちで、周りと接する機会の少ないひとりっ子で、社会性に乏しかった」という。父親も外科医で、親戚にも医師が多く、自然とこの道へ進むようになった。アルバイトもしなかった医学部時代、勉強以外は本を読むか、音楽を聴くか――絵も好きで、銅版画を作っていた。他者との距離感に繊細だった一面は、印刷物という、個性、生々しさを抜いたうえでの表現、ある程度濾過(ろか)されたものを好ませた。

「自分の気持ちをどのようにして、他人に伝えていくか」が、まったく分からなかった。一時期は、「ひょっとしたら、この自分の気持ちを表現する言葉は無いのかもしれない」とさえ思った。理解するために他人の書いた文章、本を読むようになった。自分に近い考え方の見本探し……

ウィリアム・カーロス・ウィリアムズという詩人の書いた詩集から、詩人であり医者であるという彼の文章、何気ない日常生活から詩的なものを発信する彼の生き方を知った。「地に足のついた人生のほうがよっぽどいい」と思った。

『ぼくの遺稿集』(ローベルト・ムジール,1969)は、エッセイと短編小説から成る本だが「ハエ取り紙にくっついたハエが死んでいくところがやたら細かく描写されていたり、明け方に目を覚まして、窓の外にある煙突を見ているうちに、なんとなく不思議な気持ちになった」などの、どうでもいいような描写を、わざわざ書くことによって、世の中には、必要なことだけでなく、くだらないことに注目して、それを非常に正確な文章で書くことで、ある種の豊かさや奥行きなどが出てくるのだと「自覚」した。

こうした読書によって、言葉を使って自分の内面を語る練習を重ねた。自分の想いを表現するようになったきっかけは、ある週刊誌の取材だった。「変なヤツがいる」と記者から編集者へつながり、執筆依頼が来た。病院に勤務していたので、時間を見つけてはひっそりと書いていた。

“豊かさ=役に立つ”ではない。

以来、人間の訳の分からなさや気持ち悪さ、まぬけさなどの影に隠れた部分。人の心、内面に対するひとつの見方、あるいは「こういうこともありうる」などといった、色々な可能性や豊かさを文章で示している

プロフィール

1951年、京都府生まれ。 日本医科大学医学部卒業、同大学院衛生学科修了。医学博士。精神科専門医。 産婦人科医を経て精神科医に転向、東京都立松沢病院精神科部長、東京都立墨東病院神経科部長、東京未来大学教授等を経て現在も臨床に携わる。 著書に『秘密と友情』(共著。新潮社)、『「キモさ」の解剖室』(イースト・プレス)、『様子を見ましょう、死が訪れるまで』(幻冬舎)、『病んだ家族、散乱した室内』(医学書院)など、心理学に関するエッセイや小説多数。