沖中幸太郎

金森修さん(哲学博士、東京大学大学院教育学研究科教授)インタビュー

「世界を広げることが深みを与える」
たくさんの素養が、オリジナルの色になっていく

解説

東京大学大学院教育学研究科教授で、哲学博士の金森修先生。子どもの頃は若干内向的な人間で、同世代の人たちと交流するのに苦労した。これが哲学に興味を持ち、この道に進むきっかけとなった。その頃読んでいたのは、夏目漱石や安倍公房。安倍公房の「乾いた感じが好き」だった。アメリカの作家、ヘンリー・ミラーの『南回帰線』などを好んで読むなど、多くの時間を読書に費やしたことで、ごく自然に言葉に関係する仕事に触れたいと思うようになった。

18歳で北海道から東京へ。歴史や文学、哲学を勉強するため東大の文科Ⅲ類に進んだ。小さなコミュニティである北海道ですらコミュニケーションに苦労していたので、東京ではなおさら鬱々とした時期を過ごした。「普通に就職することも考えないわけではなかったのですが、なんとなく納得いかないものがあって……。」人生を前に進めるのを待って、自分のやりたいことが何なのかをもう少し探してみたい気持ちがあった。親も「やりたいならやれ」と言ってくれた。

「運よく留学試験に受かって」フランスで4年半ほど過ごした。奨学金は十分ではなく、20代の後半から30前後まで貧乏学生だった。大学院に入った後も、やりたいことが定まらず、暗中模索の日々が続いた。ただ一つ変わったのは、対人関係。いい友人ができた。

30歳でフランスから戻った時には、奨学金も底をつき、貧乏でどう食べていくかという状態に。ちょうど85年から87年にかけての2年間は、「全くのプータロー(笑)。」。仕方なく通訳の仕事でしのいだ。日本がまさにバブルに入りかけようという時期、「バブル」はどこか別世界の話だった。

比較文学や比較思想など、科学も使えば文学も扱う、領域をまたぐ研究を続けながら徐々に自分のスタイルを確立していった。論文を書き始めたのは34歳。

「若い頃、酒を飲み過ぎたせいで、何とも遅いデビューです(笑)。」

20~30代にかけてさんざん読み、決定的な影響を受けていたのがミシェル・フーコー。彼の問題設定は、今でも先生の根っこに息づいている。特に、知識が必ず色々な形で権力につながるという考え方。権力を持つこと自体が悪いわけではないが、それが一般人の健康や安全を脅かす場合もある。

視野をぐっと深めるためには幅広い多くの素養が必要になってくる。それは氷山のようなもので、ぽこんと突き出ている部分の下には、その10倍20倍の大きな塊がある。大学から大学院にかけて10年ほど暗中模索する中で、その塊を積み上げてきた。美術史や歴史、科学、哲学もやった。

40歳を過ぎた頃からようやく、自分の精神に糧を与えてくれるものが何なのかが分かってきた。その世界を広げてくれたのが、他ならぬ本という存在。本は、精神そのもので、食事と同じくらいに大切なもの。

「例えばその辺に石ころが転がっていたとします。その事象自体は事実として今も昔も存在していますが、その事象に対する反応は様々で、そのリアクションが多様だということを、本を通じて感じることが出来ます。たくさんの自然があり、宇宙が広がる。自然そのものではなく、それに触発されて人間がどういうことを考えてきたのか。そういうことが私の研究対象。自然科学者が、色々な自然界の断片を深めるように、私の場合は本が開示する人間精神のあり方を、一種の事実として捉えるということです。」

3・11以降の日本の社会の成り行きに非常にショックを受けた。「科学史をやってきた人間として、罪のない人たちの生活を破壊する、生命を破壊するようなことに対しては、警鐘を鳴らしていかなければならない」といって書き上げたのが、『科学の危機』(集英社新書)という本。科学の成り立ちと変質、それがどう変わって、公益性という古典的な規範でさえ、今、おかしくなりつつあるのかということに焦点をあてた同書。今までやってきたことのひとつのまとめでもある。

「若い頃は色々な色があって、自分の中に黄色もあれば紫もあれば青もある。色々な影響も受けて、自分のことがよく分からないわけですよ。それが、だんだん年をとってくると、他人に影響を受ける比率が減っていって……感受性が鈍くなってくるせいでしょうね(笑)。自分の中の、これしかできないと思うものが決まってくる。あるひとつの色に収れんしていくのです。最後はすーっと、自分の人格の中心が決まってくると、思っています。」

「子供にはやはり自由に生きて欲しい。自由というのは実は凄く大事。これは折に触れてこれから言っていきたい」

迷いながらも多くの素養を身につけたことで出来上がった、金森先生のオリジナルのカラー。その金森色は、また一つの素養として、本に記録され、伝播していく。

プロフィール

1954年、北海道生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。博士(哲学・パリ第一大学)。筑波大学講師、東京水産大学助教授などを経て、現職。専門はフランス哲学、科学思想史、生命倫理学。 著書に『サイエンス・ウォーズ』(東京大学出版会)、『ベルクソン』(NHK出版)、『動物に魂はあるのか』(中央公論新社)、『ゴーレムの生命論』(平凡社)、『〈生政治〉の哲学』(ミネルヴァ書房)、『科学の危機』(集英社新書)など。編著、共著も多数。

インタビュー

久しぶりに銀杏が鮮やかに色づく本郷の研究室へと向かった。床に敷かれた毛布に座っておこなわれた金森先生へのインタビュー記事は、こちら。(外部掲載先にリンクしています。)

 

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